神様、現る!
その男はもうすぐ30歳になるが何をしても上手くいかず、今では百万円を超える借金を抱えている。自分に失望し、社会を妬んでいた。もう死んでしまおうと、ある夏の日の深夜に神有川(しんゆうがわ)の橋の上に来た。欄干にもたれ、下の水の流れをのぞいていた。身を投げるタイミングを計っている。その時、背後から声がした。「何を考えてんねん?しょうもないことすな。」 男は振り返った。そこには背の高い男がいた。白髪で白い髭を生やしていた。「誰?」と男は聞いた。
「わし? えっとね、神様。」
「神様? 天国にいるいわゆる神様でっか?」
「その通り。」
「あほか!そんなんおるか!」
しばしの沈黙。そして神様だと名乗る老人は言った。
「おまえはきのうK大学の前のラーメン屋で大盛りラーメン食べてお腹こわしたやろ。」
「何で知ってんの?あんたも行ってたんか。」
「それから前にいた会社では上司から何べんも、すかたん!って言われて怒られてたやろ。」
「おお、せや、何で知ってんねん?」
「神様やからや。何でも知ってんでえ。」
男は自分しか知らないはずの事を、神様と名乗る老人が本当に知っているのか確かめようといくつか質問をした。自分の好きな女性タレントは誰か、子供のころの一番恥ずかしかった思い出は何か、などを老人に聞いた。老人はすべて言い当てた。
「ぎょえ!」
男はのけぞった。そしてしばらく老人を見つめた。
「か・み・さ・ま?」「ほんまでっか???」
「やっとわかったかな?」
「な、なんでここにいんの?」 「何か俺に用あんの?」
「君は今、川に身投げしようと思ってたやろ。」
「・・・」
「やめときなさい。 そんなことしたら降り出しに戻ってしまうで。」
「降り出し?」
「せや。」
「何の降り出し?」
「人生シリーズ」
「人生シリーズ? 人生ゲームとちゃうんか? 人生ゲームやったら持ってたで。」
「ちゃう。人生シリーズ。」
「何や、それ。」
「はー(ため息)、ほな説明したろか。」 「あのな、君は今、59番目の人生を歩んどんねん。」
「59番目?」 「どういうこっちゃ。」
「それがね、身投げみたいなことをしたら1番最初の人生からまた始めなあかんようになんねん。」
「どういうこと?」
「あのね、君っちゅう魂はね、ようさん、ようさん、何回も人生を歩んで、それから次のステージに行けんねん。」 「今は、君は59回目の人生を歩んでんねん。」
「へ? 59回目? そんなに人生、生きてきたん、俺は?」
「その通り。」
「そんなん、覚えてへんで。」
「一回終わったら、前の人生のことは忘れるねん。」
「・・・」 「・・・あれかい、輪廻転生(りんねてんせい)っちゅうやつ?」
「その通り! 降り出しに戻りたないやろ。 人生ゲームでも、『降り出しに戻る』のコマに止まったら、いややったやろ?」
「確かに。」 「せやけど、何回、人生送らなあかんの? 次のステージに行くのに?」
「1000回」
「せ、せ、せ、せんかい?!」
「そう。」
「そんなようさん、人生、こんなしんどい人生、やってられへんで!!」
「せやなあ。59回目やと、まだまだしんどいなあ。せやけど人生の回数を重ねて行くにつれて、楽しなって行くねん。」 「ほんでな、前に進むにつれて魂が洗練されて人生の質っちゅうやつが、ようなって行くねん。」
「幸せ度アップすんの?」
「そう!! ピンポン。」
「金持ちになったりするわけやね。」
「ちゃうちゃう。お金持ちが幸せっちゅうわけやないねん。ほら、アメリカの金持ちに、ビル・ゲイブって言う人、いるやろ。ビルは673番目の人生を歩んでる最中や。」
「673番目!! まだまだやな。」
「そう。」
「俺は金持ちになりたいなあ。 何回目ぐらいで金持ちになれるの?」
「600から700回目やね。200回目前後でも何回か金持ちになれるで。」
「1000回目に近くなってきて、幸せ度がアップしたらどんな人生になんの?」
「たとえばインドのガンジーっていう人、いたやろ。あれはあの人間の魂の961番目の人生や。」
「ほー。」「つまり、あれやね、他人のためにガンバルちゅう感じやね?」
「そう。」
「1000回目の人生はどんなん?」
「せやなあ、まあ、金持ちではないね。有名でもないなあ。ひっそりこっそり日陰に咲く一輪の花みたいな感じかな。」
「なんかイマイチやね。」
「あのね、ほんまに大事なもんは『目に見えない』のよ。」
「ほー。目に見えないものがほんまに大事なもん? たとえば?」
「考えてみ。」
「せやな、・・・こころ、とか。」
「ピンポン! その通りや。心が豊かになって行くんや。」
「・・・、それが幸せなん?」
「そう、それが幸せっちゅうもんや。」
「次のステージってどんなん?」
「まあ、それはだんだんわかってくるわ。」
「せやけど、なんで俺のところに来てくれたん?」
「この川はわしの家やねん。わしの家に、どぼんされたら困る。」
男は神様の顔をみつめた。
「わかった。やめとくわ。」 「それと、まあ、今日はありがとう。」
「ええこと言うやんけ。その気持ちがあったらええことあるで。」 「それとな、ええことしたら人生の飛び級ってあるでえ。ほら、人生ゲームでも『何コマ進む』とかあるやろ。」 「ほな、気長にやりや。」
そう言うと神様はすーっと音もなく姿を消した。
男は川面を眺めながら思った、「ほんまに大事なもんは目に見えへん、か。」
見上げると東の水平線がほんのりとオレンジ色になっていた。